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06.15
Fri
54dd62b3.jpgStyle/LUNASEA 1996/04/22



彼らが描いた「闇」の部分。ここに頂点を極めたロックバンドの真髄がある。





With Love

G.

Hurt

Rasen

Luv U

Forever & Ever

1999

End Of Sorrow

Desire

In Silence

Selves



これを最高傑作と掲げるファンも多いのではないだろうか。テーマがより現実に近づいたような気がする。明らかに初期とは異なる幻想的雰囲気が漂っている。何というか、青黒いんだけどあんまり怖くない、みたいな感じだ。一定の世界観の中にさまざまな人間ドラマが詰め込まれている。アルバムタイトルは「Style」です。「スタイル、流儀、様式、型」などの意味だが、「これぞLUNA SEAのスタイルだ」と言わんばかりの代物なのだろうか。あるいは「Style」=「世紀末」ともとれる。ジャケットは非常に直感的だが、なぜかこう、このアルバムの11曲全てをひとまとめに表現しているような気がする。過去の女性像を描いたジャケットとは一線を画しており、バンドの存在そのものを強く意識している印象を受ける。



1「With Love」過去のアルバムの一曲目とは異なり完全にバラード調である。(いずれもアップチューン、実質的に「Dejavu」は一曲目)この曲がオープニングである理由を勝手に考察。「Forever & Ever」までの距離感を保つためではないか。10分を超えるロング・バラードなので相当腰を据えないと聴けない。かと言って後方に配置するのも「Selves」の質感を損なうので駄目。なので中間に配置するのがベストだろうと。「Forever & Ever」~「1999」~「End Of Sorrow」の一連の流れが「世紀末」という概念から重要である。「End Of Sorrow」にたどり着くまでの道程も表現しておかなければそれが輝かない。後半はシングル曲が並んでいる。(「In Silence」はシングルカットだが)前半はオリジナル曲だけで構成されている。まるで勝負に出ているようでかっこいい。前半のオリジナル曲だけで聴く者を虜にするような、彼ららしい恐ろしい野望がこのアルバムには同梱されているかのようだ。



ノイジーなギターとアルペジオが絡み合うバラード。ヴァイオリン、クラシックギターソロなどの別の音も贅沢に使っている。インダストリアル・ノイズ色が意識されていて、新鮮に聴こえる。ドラムのスネアやタムは変わった音で楽しい。レコードのパチパチ音が雰囲気を醸し出している。(静電気、見えない細かいキズ、細かいゴミなどの原因で起こるものらしい)ベースはゆったりしていて心地良い。後半にドラムがオフってノイズが強調される部分が、歌詞にリンクして、今にも何かが途切れて消えてしまうかのようになり、心にグッと来る感覚を覚える。前作「Mother」のラスト「Mother」の続きのような最終節が素晴らしいフェードアウトだ。冷たい灰色の世界観が、温かな黒色へ包まれて、新しい風を吹き込むこの技術が素晴らしい。隆一の声もこの頃から刺々しさが無くなり、歌詞もあいまって完全に優しいバラードを歌っている。「Mother」の頃の声とも微妙に異なる気がする。歌詞にも彼なりの優しさが感じられる。メッセージ性が高いだろうと推測される歌詞の魅力を述べたい。



まず、最初は「せめて抱きしめて」とあるが、男性的に弱々しく感じる。しかし最後には「強く抱き締めて」と青臭い男らしさとも取れる表現に成長している。きっと、もう少しで途切れそうな、破綻してしまいそうな関係の男女なのだろう。純粋で一途な男性の願いが込められている。「胸を焦がし続けていて」「夢見る事 恐れないで」などからもその心情が伺える。



「REW」収録のライブヴァージョンは擦り切れそうな8ミリテープの如く、画像処理が施されている。オープニングにふさわしく、メンバー全員の白黒で回想を思わせるシーンがある。ギターソロはクラシックギターではなく、SUGIZOギターが弾いているため、また違ったサウンドを楽しめる。ノイズが強調される部分では粗い縦線が入り、今にも磁気テープが伸びきりそうな勢いの画像処理だ。アウトロで後ろの幕が徐々に開き、青い光が差し込んできて、ライブの幕開けにふさわしい。



2「G.」彼らの代名詞とも言える激しいロック・チューン。「Rosier」のようなパンキッシュでもなく、「Dejavu」のように機械的でもない「大人のテイスト」が感じられる。テーマが官能美であるせいもあるが。リフレインを強く感じるが、よく聴くと各節でギターリフがアレンジされている。ベースのスライドが妙に温かい感触に思うのはわたしだけだろうか。中盤のギターソロの「聖なる夜に」の後の唸るような音が癖になる。「REW」ライブではテンポが少し速いせいでギターソロの唸りが目立たず残念だが、1:20あたりの「Swear to God!! Fuu!!」は最高。稀に聴くシャウトですよ。前半オフが多いが、出だしの掴みのほうが大事なのだろう。



「聖なる夜」から1999年12月24日から翌日の25日に日付が変わる時間帯だろう。「イエス・キリスト」=「神」として、それに対する感情が「Jesus」の頃より変化している。その当時の詩世界は俗に言うヴィジュアル系らしいものだが、この頃は詩世界に「脱ヴィジュアル系」の要素が感じられる。「Jesus」では絶望的な状況の中から救い出して欲しい、神に願いを乞う感情がいかにも肯定的かつ奇跡的に描かれている。「G.」ではクリスマス(降誕祭)に淫行(失礼な言い方だな)を働いている罰当たりな感じである。逆にそれを美しく描くところが「世紀末」がコンセプトである今作の2曲目にもってこいである。よりストレートな表現に進化を遂げ、同じ悲劇的な表現でも非現実的なものから現実的なものへと移り変わっている。これは5人の成長を意味するのだろうか。詞から判断すると女性にリードされてます。「けがれた時代だからこそ、僕達はこうして愛し合っている」「同じ傷を抱えた者同士、君とならけがれなき愛を誓えるだろう」この時点では神を神秘的なものとして捉えられず、人間的な官能と愛に神秘的なものを感じている状態だと思う。神を信仰しているのかいないのか、はっきりしないところが「世紀末」という時代の特質性を物語っている。宗教的な詞がところどころ「Luna Sea」というバンドの脇役になっている気がする。



3「Hurt」最初に聴いたときは同じギターリフのリフレインがひどくくどく感じて好きではなかった。メロディアス・ミディアム・ロックチューンは彼らの「第二の要素」として受け止められる。このような曲には他に「Lastly」「Face To Face」「Fallout」などが挙げられるだろうか。「第三の要素」であるプログレッシブ色の濃いバラードと同様、彼らのサウンドにはイギリスの影響が詰まっている。歌詞が短く簡潔である、という点ではプログレなのだが、曲構成が単純(微妙な表現、ストレートが相応しいか)だし、ギターリフに変化が感じられないし、芸術的と言うよりは感情を爆発させているような荒々しさを感じる。私はこの曲をプログレだとは思えない。意外とこの曲は人気が高い。「Face To Face」のほうが重い気がする、歌詞はそうでもないが。歌詞はこちらのほうが抽象的ではあるがメッセージ性というか言葉の重みがあるだろう。



「REW」(ライブDVD)に収録されている「Hurt」を視た。なんてテンションなんだ。この曲は芸術的ではないと言ったが、これぞ芸術ではないか。浅はかな自分を打ちのめされました。真矢がハイハットをぶん殴るように叩いている。スタジオ版とは比較にならないほど重圧感がものすごい。SUGIZOの頭の振り方がハンパない。しかもSUGIZOのギターソロがなぜにこんなにカッコ良く聴こえるんだ。スタジオ版では存在の薄かったサビ前の掛け声「Three,Two,One,Break...」が、鳥肌が立った。演歌のコブシに近いような隆一の叫びは、まさに空を切り裂く稲妻のごとくである。こんな名曲をただ聴き流していただけなんて。彼らのファンなら絶対にライブヴージョンを聴くべきである、後悔する。



闇の中に取り残された自分。何を目指して生きているのか、何のために生きているのかさえ、解からなくなっていた。ただ漠然とこのままではいけないと解っていながらも、何かに躊躇している自分がいた。愛し愛された遠い日々。今となっては跡形も無く消え去ってしまった。闇に優しさを見出すことも、勇気を振り絞って前に進むこともできない。どうすることもできない狂気が募るばかり。そして彼が出した究極の答えとは。この歌詞は芸術に全てを捧げる、境地を追い求める人間を比喩しているように思える。



4「Rasen」変拍子(5/4拍子)である。このアルバムで最も好きな曲である。まずアルペジオの冷たい印象が耳に刺さるようだ。この空気感がリアルに伝わってくる感覚は他の人間達には決して表現できない。アルペジオが前面に出ているためSUGIZOギターが裏で、また別の冷たい感覚を刻んでいる。カッティングに近いようなザラザラした音、妖しく冷たい雰囲気を演出している伸ばし。ギター音に似たあの音はなんだろうか。ベースのスライドがどっしりと構えている姿勢が構成美を引き立てている。拍子が4/4拍子に戻り、曲が一気に盛り上がる。「ああ もっと傷ついても・・・」からのベースソロ、ギターソロの絡みが何度聴いても美しい。真矢の淡々としてずれることのないタムワークも味のある聴き所である。地味だと思えるが変則的な部分→スネアとシンバルを交互させる部分→スネアを連打する部分が緊張感があって好きだ。



ライブヴァージョンでは変拍子の部分の照明が幻想的で、まるで宇宙との交信を試みているかのように神秘すら感じる。雰囲気をより出すためかスタジオ版よりテンポが遅い。ベースがより鮮明に指使いをも聴覚で感じ取れるほどだ。ドラムのスネアを連打する部分とクラッシュシンバルの間が広がってしまう箇所は唯一の汚点に思える。CCは無しでスネアを連打しながらバスで埋めるのもありかと。テンションが最高潮に達するギターソロは長くなり、西城秀樹「傷だらけのローラ」ばりの隆一の咆哮が絡んで最高です。隆一君の壊れる瞬間がなんともたまりません。最後あたり頭抱えたり手で蜘蛛の巣を払ったり受ける。



PVを作るとしたら、こんな感じ。丘の上にそびえ立つ鐘塔。重い扉を開けると、青い壁に赤黒く錆びた跡が見える。中央にはまるで人を天に導くかのような螺旋状の階段が設けられている。階段を上っていくと、壁一面が鏡張りになっている地点に辿り着く。鏡に映る冷酷な自分。そんな空虚な虚像を壊したい。突然彼女が鏡の中に現れる。愛しのあなたでさえ理解を示さない。何かを伝えるかのように吹いた風。鐘の音が無常にも響き渡る。自分の心とは対照的に、かつての戦場に散っていった豪勇達が抱いた夢が静かに色づいてゆく。淋しさでも空しさでもない、男にしか分からない野性的な感情が確かにここにある。あくまで自然であろうとする姿勢は、涅槃の境地へと彼を導く。冷酷な自分のままではいけない。どんなに傷つこうとも強くありたい・・・。

やがて「熱」は冷めて、気付いたら塔の屋上から凍てついたこの世界を眺めていた。自由と孤独。似たような「二つの言葉」が「螺旋」のように絡み合って、僕の心にしがみついている。まるで僕に恐怖している、でも愛したい気持ちを隠せないあなたのように。このガラスの塔が崩壊する時、それは僕の死を意味するだろう。



5「Luv U」ダークなベースが耳に刺さるミドルチューン。6th Single「Desire」c/wとはイントロとアウトロが多少異なる。シングル版と違ってAメロの前半ギターがオフらしい。ベース音が特徴的だが、エフェクターの一種であるフランジャー効果のためである。ディスコビートらしさをドラムが演出している。1番はハイハットとバス中心で構成されているためか。2番からスネアが入ってノリが向上する。サビからギターソロにかけてアルペジオが絡んで、贅沢な仕上がりだ。ギターソロの後半の「キュイーン」という弦を引きずる音がエロすぎる。このアルバムで最高のギターソロと自負。「Standing Sex/X」のギターソロと何となく似ている気がする。カオス渦巻く歌詞と隆一の狂わんばかりのヴォーカルがエロスを更に際立たせている。「LUNATIC TOKYO」のライブヴァージョンはかなりの出来。INORANのアップストロークがかっこいい。SUGIZOの腰つきほんと好きなんだよ。隆一の甘いカメラ目線が受ける。サビ入る前の真矢の「ドン、ドン、ドン」には痺れますな。



6「Forever & Ever」10分を越えるロング・バラード。J原曲。アルペジオが闇に浮かぶ星空を連想させて美しく響き渡る。Aメロが3回続き、その中でのSUGIZOの伸ばしが圧巻である。サビの出来は目を見張るものがあり、INORANのバックコーラスがそれを支えている。冒頭のベースソロも聞き逃さないで欲しい。折り返しからのドラムソロがじわじわと迫力が増していき、Jの英語での語り、アルペジオ、ギターソロが何とも言えない。メンバーの存在感が一丸となる瞬間である。聴覚よりも体で感じ取って欲しい名曲。



「REW」収録のライブヴァージョンはメンバー全員涙腺が来てます。やはりこのアルバムの核であるからにして思い入れがハンバなく強い。テンポがスタジオ版より遅めで、聴いていると時間が止まっている錯覚に陥ってしまう。照明が星のように輝いていて、青い照明とドライアイスの白が厳粛な雰囲気をより一層引き立てている。マイスピーカーはINORANサイドが強調されているため、スネアと合わせてピッキングするのがよく聴こえて、南国調というかレゲエ調というかうまく説明できない。微妙にカッティングが入っている。違った雰囲気を楽しめる。Aメロの3回ともアレンジが異なる。1回目は例のレゲエ調、2回目は前半ギターを少し抑えて、後半でSDとCC交互プレイ。3回目ではドラムの音量が低くなって、ダブルアルペジオらしからぬものが聴けます。河村さんが本気モードで絶叫しています。口が張り裂けんばかりです。Bメロからサビにかけてのドラムの激しさが鳥肌モノである。ハイハットのオン・オフも絶妙ですね。折り返しからのJの語りが、あえてベースを弾かないことでアルペジオや伸ばしと共に強調されて男臭くて素敵。マイクスタンドを持って胸にドンドンとぶつけるとこなんか他人が真似しても意味が無いくらい格好良いぞ。その後に続くギターソロの入り方に驚いた。いきなり「ギュイーン」と聴こえてきたので一瞬雷鳴かと思ったくらいだ。これを聴き逃す手はない。ギターソロ後のヴォーカルの入り方も力強く、彼の喉は一体どうなっているのか。最後の山場に涙を堪えきれません。「Out from my chaos to grace 何処まで翔べるのか確かめたくて」ドラムの遅らせ方とBDとTTの共演が大迫力で、「~たくて」の部分が鬼神の如きです。ヤバすぎます。締めのアルペジオとステージ正面のステンドグラスが熱を冷ましてくれているようだ。LUNA SEA史上最高の熱演である。



7「1999」前曲との対比を狙ったかのようなハイスピード・チューン。バックで唸りまくるSUGIZOギターがたまりません。Jのベースがズッシリきます。初期のシャウト隆一が歌ったら、というか1st「LUNA SEA」に入れてくれ。8分刻みのギターが攻撃的で鮮明だ。尺八のサンプリングが聴こえるが本物の尺八には劣ると判断。ドラムのアタマ打ちの箇所で英語で歌っているが、メンバーの声なのかは不明。INORANのアルペジオみたいな音が、拍とずれている点にセンスを感じる。女性のどこか物哀しい笑い声が聴こえる。この後のSUGIZOギターの音色と、ドラムの連打をピシッと止めるとこが好きだ。アウトロの女性の英語でのナレーションがあるが、ネイティブぽくないと思うのは僕だけですか。歌詞は世紀末の「ノストラダムスの大予言」をモチーフにしている。今となっては死語。「誰も知らないうちに 数を減らす様に」なんてロックならではの暴力性と信憑性に富んだ詞がお気に入り。



「REW」収録のライブヴァージョンは画面が揺れまくってます。ピンクとグリーンの照明がこの曲のテーマである世紀末を妖しく引き立てている。テンポが少し速くなり、SUGIZOギターがこれでもかと歪んだ轟音を演出している。INORANのアルペジオはカットされている。「awake,parasite,blood,the end」の掛け声がいい。シャウトが更に強調されればなお良いのだが。



8「End Of Sorrow」7th Singleである今作は、今までに無いタイプの曲に聴こえるのは気のせいだろうか。歌詞的には「True Blue」に近いものを感じるが、日本人特有の孤独感をここまでストレートに表現した作品は未だかつて無いだろう。ジャケットはやはり直感的。海の見える浜辺(波で湿ってるとこ)にでんとピアノを置いてそれを燃やしている。そんで彼女。どっかの外人さん(もしかしてナレーションの人か?)が写っている。構成的にもSUGIZOギターが完全に主役な感じ。INORANのアルペジオがダブルになる部分なんかももちろん聴き所だけれど。最初は真矢のドラムに違和感を感じていたが「PIERROT/Adolf」みたいな感じ。サビのこと頭打ちでいいじゃん!なんで一個抜かすんじゃい!イントロなんかずれてるのかと思ったぐらいにして。ベースが意外に聴き所。何気にスライドに聴こえるところが凄い。「人は悲しみを知り~」の部分が壺。隆一の歌唱力が堪能できる。



歌詞の裏に隠されたメッセージがきっとあるはず。今まで彼女だけを愛し続けていた自分。この世界は愛で満たされているはずなのに、なぜこうも孤独を感じるのか。果てしなく続く夜空を眺めていた。こんなに自分を小さく感じたのは初めてだった。やがてこんな小さな自分さえ愛せていないことに気付いた。「なぜ生まれてきたのか 自分のこと愛し始める」そして彼女がそれに気付くとき、新しい「欲望」が目覚める。「REW」収録のライブヴァージョンはあまり言うことがない。スタジオ版がギター3台なので後半のギターソロが厚みが弱くてちと残念。テンポが少し速すぎる気がする。



9「Desire」6th Singleである今作は、ライブでの演奏回数が最多の109回を誇る、「Rosier」と並ぶ彼らの代表作である。彼らの個性が存分に発揮された音作りになっている。隆一の中音域の渋いヴォーカル術は脱帽の一言。このアルバムでは珍しくサビのキーが低めに設定されている。Jのベースがスライドしまくりでヤバイです。ギターソロ入る前と抜ける時が聴き所。アルペジオの音が特徴があるかも、完全にクリーンではない感じ。ギターソロが官能的。イントロのスネアとか全体通してのバスドラも隠れた聴き所。「I am not satisfied」後の「ドン」に悶えます。しかし何と言っても一番の聴き所は「Shadows of my Luv」隆一の渋い低音であろう。ライブで最も観客と一体になれる時とメンバーも語っている。シングルのジャケットは相変わらず直感的。ジュゴンかと思った。ワイシャツっぽいですが。ベルトもある。何か官能的。ベルトでは無く時計だ。洗濯機にぶっ込んだみたいな~違うか。女性の腕が見えるが。ジャケットはどうも女性が時計を水中で抱えてる姿には見えない。PVで注射器とか入れる容器に何か入れて燃やすのはなかなかいいね。



「REW」収録のライブヴァージョンは面白い。ギターソロ時に隆一がSUGIZOに絡むなあと思ったら。やる時やりますね。フレディがレッド・スペシャルをアレしたとき以来の衝撃です。ライブでは声がどうも馴染めません、スタジオ版が良すぎるのかもしれません。声質も変ってしまったし。残念でならない。



10「In Silence」8th Single(シングルカット)である今作は、まさに美しさそのもの。ここに来てやっと休憩?深呼吸~みたいな。U2のEdgeさながらのディレイを多用したSUGIZOギターは聴いていて癒される。INORANのアコギが絡んでさらに世界観が完成される。もしかしたらアコギは多重録音。海と波を連想させるイントロ、タムワークが軽快なドラム、最高の出来のギターソロ。ベースが強調されるギターソロ前の静けさが好きかも。女性のコーラスが聴こえてくる。歌詞のセンスも流石である。「静けさを 憎んだ あの頃は」とか「耳を澄ましても 波の音だけ そばにいて欲しかった あの日」あくまで自然的な歌詞には魅力を感じます。自分がどんな状況にあろうとも海は姿一つ変えない。この曲から「Selves」への繋がりが計算されているため、より引き立って聴こえる。ジャケットの裏の右側、花に見えるのだが、ここだけカンガルーの赤ちゃんに見える。「REW」収録のライブヴァージョンはアコギが強調されているのでSUGIZOギターが多少聴き取りにくい。真矢のドラムが爽快に聴こえるなど、スタジオ版ともまた違ったサウンドを楽しめる。隆一さんは絡むの好きだねえ。



PVは最高の出来。海の風景なのだが、どこかこう薄緑色で、現実と幻想の中間にいるような感じ。少年が鴉の死骸を片手に持っている。海にそれを捧げようとするシーンがセンスを感じる。SUGIZOがギターを弾くときの腰つきというかその黒シャツくれ。ギターソロなんか興奮しますよ。「逆巻く時代だから」の時腕を振り上げるとこが萌える。隆一が椅子を離れるシーンが少しキモい。「うわあ、近づいてくる~」みたいな。なんかこのままどっか飛んでってしまいそうです、うまい。



11「Selves」訳は「自分自身」の複数形。トイレの便座に座ってアルペジオが録音されたといういわくつきの隠れ名曲。こんな美しい闇を描けるバンドは他にいるだろうか。真矢のクローズド・リムショットが渋いですな。ベースがほんとうに美しい。全ての音がバランス良く配置されて、全く無駄がない。INORANギターがマジでヤバイ。ギターソロなんかも。英詞の呟きはINORANが担当している。アウトロでアルペジオと隆一の声が絡み合い溶けあってやがて消えてゆく。何かに向かって手を伸ばしたくなるような感覚に襲われる。これ以外にも聴き所はある。詞である。思えば「With Love」と状況は何も変化していない。変化しているはずなのに、またスタート地点に戻っている感覚。もしかしたら「LUNA SEA」の結論の形であろうと思う、この曲は。渋さと言うか、昇ってはいけない階段を彼らは昇ってしまったみたいな。これで闇のまま終わるのも美しくて良いと思う。正直、これが彼らが才能ではなく実力で完成させた「努力の結晶」であることは間違いないであろう。光よりも眩しく存在感のある闇。「欲望に酔うため」「溢れかえる地上で」が痺れる文句。ライブ音源を拝みたいものだ。



2014/6/8追記

真冬の野外でライブ音源を聴いた。やたらキンキンします。スタジオとあまりかわらない気もするが、雰囲気は出てる。


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11.29
Wed
bf9c9108.bmpあまりに独自の世界観に最初は戸惑いを感じたが、徐々に日本人の好むような孤独に似た情緒があると思えてきた。このCDジャケットのセンスが卓越している。約5メートル四方のコンクリートの部屋で、天使(?)らしきロリ女(?)が大きな開いた窓を見つめている。灰色の空が無限に広がり、部屋の柱付近の壁際は彼女の心情を表すかのように黒ずんでいる。推測だが、無限に広がる海から、200メートルくらいの高さの空中に浮いてそうなこの部屋。夜に見える月があまりにも綺麗だからまだここにいたい。最後に飛び去ってしまうのは飽きたからか?アルバムのタイトル「Image」に注目してほしい。まだ荒削りなインディーズ臭さが残るサウンドの特徴として、感覚的な肖像、情景、心理を、直感的にメロディーに置き換えている。つまり、アルバムの全体像を、抽象的でシンプルな複数のサウンドから構成しているにも関わらず、一連の世界観が具体的に完成されているのだ。一見矛盾しているようだが、このアルバムが「イメージ」だけで創造されているのは紛れもない事実である。



音楽的成長とは、いかに視覚的イメージを美しく感じるだけの聴覚的イメージに変換できるかということである。だがしかし、それによって失ってしまうものもある。それは「良い意味でのエゴに満ちた醜く感じるだけの聴覚的イメージ」である。醜くもなく美しくもない、「中庸」こそが人間が、いやアーティストが目指す境地なのかもしれない。



閉鎖的な空間での孤独、愛情、恐怖、憎悪、死のイメージ――それらがひしひしと伝わってくる。地球の歴史上のひとつのハイライトでもある、日本の現代。それは原爆、敗戦、高度経済成長、環境破壊、バブル崩壊、教育神話崩壊・・・。世界中のありとあらゆる文化が入り混じり、コンクリートに囲まれた超高層ビルが立ち並ぶ。そして暇を持て余す人々は愛に狂ってゆく・・・。狭い部屋の中で、断片的な時間を過ごしてゆく。快楽という名の至福の一瞬を、人々はさらに求めたいと願うようになる。もはや人々は断片的な時間を次々と消費してゆくことでしか「快楽」を得られなくなってしまったのである。



まずはこのアルバムの核となる「Dejavu」から。デジャヴとは「一度も経験したことのないことが、いつかどこかですでに経験したことであるかのように感じられること」である。人々が繰返してきた歴史。話は逸れるが数子ネタ。平安時代、国風文化が盛んになってきた時代は、別の意味では「性欲」の時代でもあった。「豊か=性欲」となるのは皮肉にも必然であり、有名な「源氏物語」にも長々と恋愛の醍醐味が綴られている。その結果、やがて荒廃した、芥川龍之介の「羅生門」に例えられるような、そういった「修羅」の時代が到来したのである。そう、この愛に狂った現代と被るのである。現代の中でさえ、個人の人生にさえ「抜け出せないリフレイン」が存在する。歪んだ愛から抜け出したくてもなかなか抜け出せない。コンクリートの隙間で逃げ惑う人々。いや、本当は逃げ惑う感覚ではなく、何かを得ているような感覚なのかも知れない。末期症状とも言うべき、自分でさえあなたでさえも、心を亡くしてしまう。歌詞に(死・生・現実)(未来・過去・今)とあるが、これは女性であり(男性から見れば女性は現実逃避的な生き物という見解)平塚雷鳥のあの名言にもピッタリ当てはまるではないか。今度は逆に(生・死・瞬間)(未来・過去・今)とあり、これは男性であり(瞬間という断片的な時間?つまり不倫?石田純一?)なるほどね。

「傷つくことをできない」という歌詞に惹かれる。これは逆説で言えば、自尊心(個性ともとれる)を守るために、他人を傷つけることができないということでもある。そして傷つくという行為は人格形成のために必要不可欠であって、それができないと「交渉」で良い結果を残せない。「傷つきたくないのを前提として」自分はここにいる。そう書くと形容詞的である。傷つくということは自尊心(個性ともとれる)を否定されることである。普通は意味のない言葉である。しかし傷つくという行為は精神を浄化する役目もある。そのシステムが正常に機能していれば、の話だが。自分の気付かない弱い部分を素直に受け入れることが出来ない、ともとれる。



「Mechanical Dance」ベースやべえよこれ萌えだよ。アコギまで入ってるのはすごい自然だし。今にも枯れそうな彼女を抱いた。機械のように狂い合う男と女。

「Wall」ヴァィオリンがいいですな。ギターソロのツインがこれまたいいです。白い壁ですか。何でしょうね。

「Image(イマージュ)」歌詞が受ける。細かいアコギの音がパラパラとまぶしてある。

「Search For Reason」いいですね、こうゆったりとした狂気は。ベースがいいからだね。7分10秒がこんなに長いとは。なぜかものすごく長く感じます。まだ終わんねえのかよ、みたいな。

「Imitation」INORAN氏のギターが耳に残りますね。LUNASEAでは上位に入る曲です。

「Vampire's Talk」ヴァンパイアの心情を描いている。ディストーション効果のギターソロが壺です。全体を通してのSUGIZOのギターがいい。

「Symptom」狂いまくってますなあ。「半透明なその言葉」上手い表現だね。「ロシア語なのかなあ」って聴こえる。

「In Mind」楽しいんだけど哀しい不思議な曲。踊るようなベースが好き。

「Moon」月の持つ魔力に引き寄せられるかのように、そして逆に引き離されるように男女は存在する。懐かしい感じ。ジャケットの夜ヴァージョン。ほんとにきれいなメロディー。これは相当集中して、リラックスして聴いておくれ。切なさがどんどん募る。永遠に思えるほどの時間が痛々しい。

「Wish」名曲。結論なんでしょうね。「望み」=「子供」ともとれる。自殺?遺書?飛び去ってゆく堕天使。その先に待っていたものとは?
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11.28
Tue
4e902695.bmpこれまたセンスの卓越したジャケットですね。白と青のコントラストと言いますか、砂という要素を渇ききった印象ではなく、近くにオアシスでもありそうな印象を受けます。女性をジャケットに描くのは1st,2nd,3rdのみですが、いい感じです。一連のストーリーになっている気がします。今回のアルバムタイトルは「EDEN」です。楽園という世界観をさまざまな角度から表現している。楽園の真実と虚偽の部分がうまく共存しているようだ。INORANギターの音色が変わるとこうも世界観ががわりと変わるとは。



一曲目は「Jesus」ですね。アルバムのスタートに相応しいグルーヴ感が癖になるナンバーだ。何と言ってもイントロのギターの絡みが何度もリピートしたくなる。窮地に立たされた天使は祈るように空を仰ぐ。神に祈るとき、それは創造に過ぎないのかもしれない。胸の奥底に秘めていた夢。その幻想的な夢こそが「楽園」なのではないだろうか。夢を現実へと変えてゆく力。少女は自らの力で新しい世界へと足を踏み入れたのだ。ルネサンスのような古典文化復興(なんとなくイメージ)を思い浮かべる。イエス・キリストの描かれた絵画みたいな。砂漠が永久に広がる絶望的な風景。ただ歩き続けていた。コンクリートの閉所から開放されたのに、今度は広大な砂漠。半ば諦めかけたその時、少女はある異変に気付く。砂の色が青白く、まるでサファイアの輝きのようになっているのだ。そして目の前には巨大にそびえる「オアシス」がうっすらと見える。歌詞を見る限り、この時点では前作のイメージからはまだ抜け出せてはいない。世界が滅びてゆく光景を目の当たりにしている。「解き放たれる瞬間に本当の意味がやって来るはず」この部分は女性的な印象を受ける。愛は本能であるが優しさは理性であると思う。救いを求める、その果てに待っていた運命とは?どこか「Loveless」に似た印象を受ける。



「Believe」1st Singleとドラムが異なるヴァージョン。アルバムのほうがハリがあっていいな。この曲は男性の立場ですな。「愛しすぎた 愛しすぎた 僕が分かるはず」の部分が激甘でいい。自転車をこいで海が見えますみたいな。楽園の原点でしょうな、男性の一途な恋心は。ヴァイオリンの混ざったサビが壺です。

「Rejuvenescence」「若返る」の意味。河村氏の初恋を描いたものらしい。徐々に河村氏の歌い方が力強くなっている気がする。歌詞にも恋愛を経験して成長してゆく青年の姿が垣間見える。ギターの絡みが素晴らしく、このアルバムで一番それを堪能できますな。ギターソロも最高かと。「傷つけてしまったでも 本当の気持ちだったよ」共感する歌詞です。

「Recall」このアルバムの核となるべき幻想的な曲。どうやらここは夢の世界のようです。現実逃避的なところが受けると思われ。そのような意図で創られた曲ではないことは確かだが。「瞳を閉じ 手足を忘れ 呼吸を思い出して 四次元の夢を」これは睡眠のことを表していると思われ。河村氏の歌唱力の成長を確認できる曲でもある。全体的に柔らかく、低音もはっきりしている。ギターの絡み具合をじっくり聴いて欲しい。

「Anubis」タイトルの「アヌビス」とはエジプト神話における死者の神であり、犬またはジャッカルの頭部を持つ半獣もしくはジャッカルそのものの姿で描かれる。これは古代エジプトにおいて、墓場の周囲を徘徊するジャッカルが死者を守っていると考えられたからである。

歌詞は間接的に写真を比喩している。写真という文化が日本に入ってきたのは幕末から明治初期にかけてだ。「写真に写ると魂を抜き取られる」という迷信より、「殺された僕は永遠に 愛されることだろう」という比喩が創造されたのだろう。エロチックな感じで、愛に身を投じる、女神に魅せられてしまった男性。展開の速いリズムがエロスをより一層引き立てている。ギターの絡みはあまり強調されず、それぞれのパートの個性が強く感じられる。インディーズ時代にイントロ部分が完成していたことも影響するのだろう。マゾ的要素がほんの少し漂う、それが楽園を表現していると思う。

「Lastly」インディーズ時代に既に完成していた曲。なのでギターの同じフレーズがしつこく聴こえてしまうのは仕方ないか。とはいえベースソロは素晴らしいものがあります。INORANアルペジオも聴き応え十分。「Search For Reason」と同じポジションのような気がする。楽園としての要素にしては暗く妖しい雰囲気のため負の印象を受ける。ここからアルバムの展開が変化してゆくのが分かる。「楽園」が徐々に見えないところで崩壊してゆく様子が伺える。

「In My Dream (With Shiver)」 2nd Single 終わりのアルペジオがシングルだとうるさいままフェードアウトに変わっているのでアルバムヴァージョンのほうが好き。一時期この曲ばかり聴いていた記憶が。ベースラインとギターソロが壺です。ドラムも好きだったり。特にBメロ。歌詞が短いのですが、このアルバムで一番好きな詞です。「絡みついた 美しい悪夢に犯されて 微熱にうなされ」の部分から「Recall」は幻想的な癒しの夢なのに対し、この曲は愛情に絡みつかれた、まだ「女」を知らない少年がそれに嫌悪感を抱くような、そんな悪夢だと言える。「よごれた天使の羽 飛ぶことさえ許されず 疲れ果て見た夢に 明日はなかった ?」この部分は障害者の自分にとって最も共感できる詞でしたね。

「Steal」「盗む、こっそり奪う」の意。「In Mind」のようなポジションの遊び心あふれる曲。ギターの音が面白いです、ベースも壺です。歌詞を見る限りストーカーを題材にしているような気がします。「この命が果てるまで 私はきっと 誰にも包まれないし 誰も包めない」の部分がいかにも故意犯らしいです。確信犯「自分が行う事は正しく、周囲(社会)こそが誤っていると信じ切っている(悪の意識は無い)」のストーカーではないようです。「優しさはあげられないけど、愛してあげられる。」よっぽどこっちのほうが質悪い気がする。最後のJのベースはたまたま次の曲と繋がるようになったそうな。

「Lamentable」「悲しむべき, 残念な, 嘆かわしい, 遺憾な」の意。このアルバムで一番好きな曲。INORAN原曲とは思えないほどベースが逝ってます、最高です。サビでは河村氏のハイトーン・ヴォイスを堪能できる。最後あたりでSUGIZO氏の速弾きを確認。真矢氏のタムワークとバスドラに注目しておくれ。なるほど、ギターソロがありませんね、テンポが速いのでいらないと思います。歌詞はブログ腐女子を表現しているのか。あるいは某巨大掲示板に書き込む人達だろうか。コンピュータに洗脳されてゆく人間。何度聴いても飽きませんな。

「Providence」「摂理, 神意」の意。今までの曲の流れで、ついに「楽園」が崩壊を迎えてしまう。それにしても歌詞が深すぎる。まさに芸術と呼ぶにふさわしい詞だ。各連には共通点があるようで無い。というのは「楽園の崩壊」ではあるものの「母親の存在」に対する感情が各連で異なるからだ。これ詳しく後述。SUGIZO氏のヴァイオリンがあまりにも美しいため、このまま意識がなくなり眠りの世界へ突入しそうな勢いだ。INORANは二部構成で(ベースではない?)音域の高低があるアルペジオが見事です。裏で真矢氏がワルツというかマーチのように叩いてます。河村氏は歌唱力が問われるヴォーカルを見事に歌っています。「I just want to say this・・・」これはノアの心情を表している気がする。最後のシンセは方舟に乗って遠くから大洪水の音を聴いている印象を受ける。

「Stay」ハッピーエンドですな・・・多分。ノアの心情そのものです。方舟で漂流し続けて何日経っただろうか。何気ない幸せな生活が鮮やか過ぎて胸が苦しい。そんな夢を毎晩のように見ていた。ふと思い出す。彼女と別れた夜のことを。だんだんと色褪せてゆく遠い記憶。そんな感じ。そんで無事アララト山に座礁。ノアは鳩に願いを託して(単なるパシリ?)それを放つ。鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。

(ノアは水が引いたことを知り、家族と動物たちと共に方舟を出た。そこで祭壇を築いて焼き尽くす生贄を神に捧げた。神はこれに対して、ノアとその息子たちを祝福し、ノアとその息子たちと後の子孫たち、そして地上の全ての肉なるものに対し、全生物を全滅させる大洪水は決して起こさない事を契約した。その契約のしるしとして、空に虹をかけた。)

だから「Stay」なのですね。「鮮やかに Wait for the end 静かに瞳を閉じて」これは世界の終わりではなく、人間の死である。それは愛に生きる人間の全てかもしれない。ここに留まると決めたのです。この青い地球こそが、自分が立っているこの果てしない大地こそが「楽園」なのだろう。



まず第一連。「着飾る人の群れ 素顔を忘れた 時間という発条が 世界を支配した」「着飾る人」というのは女性のことではないだろうか。これは少年期の女性に対する感情であると推測される。この時点では女性に対する負の要素を強く感じてしまい、美しさとか良さを評価できない段階なのだろうと。それと老年期あるいは死期、それ以外にもある男性特有の感情であると推測される。

第二連。「罪深きこの楽園の 母親がいたら わが子を叱るだろう 涙落とすだろう」これは「善悪の智慧の木の実」のことだろう。しかしこの時点では母親は存在していない、あくまで仮定法である。これは一種の期待であり願いでもある感情だろう。真実の母の愛を求めている段階なのだろう。

第三連。「方舟は造れないの 突然の終わりに? 運命をあきらめずに 時間を壊して」ものすごい無理難題です。「お母さんは大工でも板金でもないのよ?」みたいな。これは子供が本気で期待をしているのか、それともサディスティックな欲望の一片なのだろうか。「時間」=「摂理, 神意」と見て間違いないでしょう。
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