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05.13
Sat
404b2da6.jpg現代の日本人が「ありがとう」という語を軽い感謝の表現として用いているとしても、その源は「有難い」すなわち英語で言えば‘difficult’にあるのです。大昔に日本人が感謝の念を覚えたのは、階層制度の高い位置を占める誰か(たぶん、八百万の神々のうちのいずれかでしょう)によって常にあるわけではない好ましいこと、たとえば豊作とか、戦勝とか、疫病の克服等がもたらされたことに対してであったのでしょう。そのときに日本人の集合的無意識の中に刻み込まれたものが感謝すべきことと日常的にあるわけではない好ましいこととを同一視させたのだと考えられます。日常の好意的行動に対しても「ありがとう」という言葉が使われるようになった過程はよくわかりませんが、もしかすると仏教伝来以後のことかもしれません。





「菊と刀」第五章でベネディクトは日本人の「恩」について述べている。日本人が恩を受ける時に感じる心苦しさを説明している。なるほど、日本人ってのは不気味な人種だな、俺みたいなのにはなおさら理解できない。というのは障害者的観念が加わるから。恩を受けるときに感じる心苦しさか、どういうことだろう。よく「やってもらって当たり前と思ってる」なんて口にする輩がいるが、俺たちはそんなにお利口さんじゃなきゃいけないのかい?自分が俺の立場だったらどうなんだよ。いきなり目が覚めたら体に力が入らない。歯軋りしながら我慢して生きるのか、涙を流して跪き救いを請うのかは、自由だ~~~~!!(犬井ヒロシ萌え)じきに痛いほど思い知らされるだろう、他人の愛情が鋭利な刃物だということに。だって、人を愛することはできないんだから。どんなに愛したくても、本能(ここでは女)がどんなに臨界状態により暴走しようが肉体がそれを許さない。こんな不条理と俺たちは戦ってるのにそれを知ろうともしない。そりゃ生意気なナチ気取りの小僧も中にはいるだろう。でも中には本物もいるってこと分かってくれたかな。ということは、俺たちは日本的な観念を持っていないと?俺たちではなく、俺にしておいたほうがいいか?(キザだよ)確かに心苦しさなんか麻痺して忘れてるよね、俺たち(健常者も含む)の世代は。不敬な子供ってやつ?でもなぜか機嫌はいいわけよ、彼らは。大人は逆に不機嫌な奴ばかりかもね、哲哉はいいこと言うね。機嫌が悪い美女もいるけど、それは仕方ないか、気持ち分かるんだ。なんて言ったら軽い男だと思われちゃうね、鋼鉄のガールフレンド、みたいな~(検索で釣れた方ごめんなさい)でも彼女は俺のこと理解してくれたしね、それでいいのかもしれない。

親には20歳まで子供を教育する義務があるが、親がいない子供や家庭環境に何らかの問題がある場合は施設に身を寄せるしかない。しかしその施設ですら、警察ですら親の虐待に気付かずに見殺しにするときもある。うまくいかないものである。一方で過剰な愛によって社会の劣等生になる子供もいる。そして最後に孤独のうちに死んでゆくのである、誰にも愛されずに。どちらも地獄の苦しみであろう。全ての人間は不条理を背負って生まれてくる、愛って名前の不条理を。





今日の一曲



鬼と桜/Pierrot



輪廻を終えた魂には

どれだけの記憶が

残ってるのだろう

高ぶる気持ちを抑えきれず

闇夜を跳ねる蝶を口に含む



浄化の果てに辿りついて

見たものは虫ケラの様に

交わう姿

暖かな景色に溶け込む様に

ただ君の事だけを

想いたいよ

おもむろに置いた

視線の先に鎌を持つ使者が

手を招く

禁区を越えた俺の身体が

形を変えて生まれ変わる

水面に映る鬼の形相

君を忘れる桜が舞う



懐かしい景色に

溶け込む様に

ただ君の事だけを

想いたいよ

おもむろに置いた

視線の先に鎌を持つ使者が

手を招く

禁区を越えた俺の身体が

形を変えて生まれ変わる

水面に映る鬼の形相

君を忘れる桜が舞う

花びらの様に俺の身体が

形を変えて剥がれ落ちる

水面に映る鬼の形相

君を忘れる桜が舞う





これは愛なのだろうか?自分の体が変化していくのがわかる。これから先いったい何が待っているのだろう?



画像:橋本侑璃 画
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