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05.16
Tue
8b1907f3.jpg(抜粋)

人々はその経験をしだいに整序してゆく。そしてこの目標に沿うという意図の強さに応じて、多様な行動の項目はしだいに適当な形態をそなえるようになる。よく統一された文化において採用されたとき、もっともまとまりのない行為が、しばしばもっとも予想しにくいような変貌をとげて、特異な目標をめざす行動になっている。こうした行為のとる形式は、なによりもその個々の社会の情緒的、知的な源泉を理解することによってのみ理解することができる。



なるほど、常識的な文化の中に特異的な文化が生まれる。そうでなければ自然のサイクルが崩壊するかもしれないから。常識的な文化が蔓延してしまうと、それがいくら正しいことでも、自然のサイクルには常に悪がうごめいている為、状況によっては「善のための悪」をそれに反して行わなければならなくなる。そう、この「善のための悪」こそ特異的な文化なのである。ちょうど9/11に起きた貿易センターテロ事件とブッシュの施行したイラクへの報復のように。それが「善のための悪」なのかはここでは触れないこととする。「悪のための善」もあり得るだろう。それこそ健常者の障害者に対する偏見であろう。差別ではないことに注意。それを見事に表現する言葉がある。



「障害者は自分のためだけに生きていればいい」



このような言葉が許されていいのだろうか。最大の侮辱である。いつかこのようなことを口にしてしまう人間が現れるのではないかと、不安に駆られる。ここで断っておきたいのが、「善のための悪」「悪のための善」両者のことで、「悪を装った善い行い」「善を装った悪い行い」と順に対応していることである。混同しないでね、A君。つまり、善と悪の比率が状況によって変化する、ちょうどアルベルト・アインシュタインの「相対性理論」のように。絶対など‘絶対に’あり得ないのだから。パラドッスだね。



なんかいい例他にな~い?





今日の一曲



Smiley Skelton/Pierrot



日、出ずる国より

朝日を浴び爆弾代わりに

目覚めるなり君を抱いて

腰抜かすような昇天の儀式へ



ハリボテの神が秤にかけた正義と悪に

踊らされて殺し合って

いつまで僕ら愛し合える?



空は果てしなく色艶やかに涼し気に世界を嘲笑ってる

僕は闇の中で見つけた光に向かって刀振りかざしながら嘲う



発火装置はすでに

火花散らして自爆秒読み

何もかもが砕け散って

いつまで僕ら騙されてる?



空は限りなく色艶やかに舞い踊り世界を洗い流す

僕は闇の中で見つけた出口に向かって君だけを連れていって嘲う



空は果てしなく色艶やかに涼し気に世界を嘲笑ってる

僕は闇の中で見つけた光に向かって刀振りかざしながら

空は限りなく色艶やかに舞い踊り世界を洗い流す

僕は闇の中で見つけた出口に向かって君だけの手を握って嘲う





殺傷は平和への単なるアプローチ、暴力は平穏への有意義なパフォーマンス。
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