--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

06.15
Thu
7a53deeb.jpg2006/06/15 14:42 さてと、言いたかったことを言わせてもらいます。スローガン問題はまだ解決していませんよ。まず疑問点がひとつ。「なぜ健常者と障害者が同じ目標を持つことによって関係をスムーズにすることができるのか」どうしてあなた達は健常者と障害者を同じ人間にしたがるのか?それはあなた達にとって都合がいいからだ。それが一時的なものであることをあなた達は知っているにもかかわらずまるで知らないふりをして「壮健様」とやらのおこぼれをいただいてる気がしてならない。まあ中には純粋な愛情を注いでくれる健常者もいるけど、大半はどうだろうか。それに甘んじるのは生きるために必要なことではあるけれど、自分は悪魔に魂まで売るような馬鹿じゃない。他人の愛情の犠牲にまでなりたくはない。健常者はね、あなた達が思っているよりもけがれているんですよ。仕方ないですよ、障害者を嫌うのは健常者の心理でしょう?なぜならそれは健常者と障害者が違う生き物だから。障害者はどんなに遺伝子をいじろうが神に懺悔しようがこの運命から逃れることは出来ないはずだ。それに背くのは最終的に健常者を不幸にする行為なのでは?さきほど「同じ目標」と言いましたが「挨拶」についても少し言いたいことが。挨拶は人間関係を円滑にするためのものではないと思う。生活や仕事を楽しむために協力し合うためのものだと私は思います。言い方が悪いかも知れないが、レヴェルによっていろいろな考えがあっていいと思う。どれが正しいわけでもなく、愛情に飢えている人間にとっては「挨拶」は自分を確認する手段かもしれない。「挨拶」はしないよりはしたほうがマシだとは思います。でも無理にやれと言われても緊張していたり、まだここの生活に戸惑っていたりするかも知れません。スローガンをやりたいという学生達はなにかしら悪い意味での洗脳を受けていると思いますよ。彼らだって健常者に嫉妬したり、時には健常者の愛情に喜んだり悲しんだり傷ついたり怒ったりするはずです。あなた達が思っている以上に悩み葛藤していますよ。健常者を変えようとしているのかは分かりませんけど、そう簡単にはいきませんよ。人を愛するにはとんでもないパワーが必要ですよ。純粋な愛はなかなか姿を見せません。プライベートなものでもあるし、気付かずに見過ごすことがほとんどです。人間が築く愛のほとんどは利己的なものです。全ての人間に同じように通じるわけが無いのです。真に人を愛したいのならば、他人からの理解も共感も、自分の自由も可能性も全て擲(なげう)つことだ。そうしなければ今の子供達は振り向いてはくれないでしょう。何かを犠牲にして人は生きているんです。たとえ治療が成功したとしても、健常者との関係がよりスムーズになろうが、どちらも何かを失うはずです。果たして健常者と障害者を同一視することが学生の子達にとって良いものでしょうか。けがれたものを、そして美しいものを見せてあげるべきです。みな異なる目標を持っています、自分が何者かを必死で模索しているんです。目標でさえ見つからずに迷っている子供達がこの世界に何人いるか分かりますか?基盤という生命力が完成するまで待つべきだと私は思います。礼節を表現する、頭を下げるという日本人の美しさを、教えていくべきではないだろうか。女は生きる意味を知りません。気付くのはもしかしたら人生の最期かもしれない。看護婦は身を犠牲にして愛情を注がねばならないストレスと疲労が溜まる仕事です。僕達が障害者としてやるべきことは彼女らの心を優しく溶かしてあげる、生きる意味を教えてあげることなのではないですか?今は傷つけてしまうだけかもしれないけど、そのうちなんとかなるんじゃね~の?信じることが出来なければ、誰も愛してくれなくなりますよ・・・では。





今日の一曲



Far East ~大陸に向かって~/Pierrot





温かな眠りが 途切れた夜は決まって

荒んだ背景に 怯えて丸くなる



いつもと同じ旋律の安らかな歌声が

永遠に続くものだと信じながら 瞳を閉じた



凍える暁に 小さな手を引きながら

凛として歩く 母親の背中越しに



ぼんやりと透けて見えた 切実な現状と

唇を噛み締めて 耐えるだけの無力さと



広い海の向こう側では 見たことも無い幸せが

受け入れてくれるものだと信じながら 瞳を閉じた



ここから見えるはずのない 大陸に向かって

やがて巡り逢えるはずの 貴方を求めている



絶え間無く変り続ける この世界の中で

辿り着けるかも知らずに 貴方を求めている



ここから見えるはずのない 大陸に向かって

やがて巡り逢えるはずの 貴方を求めている





人は至福の死を遂げる時、生まれて初めて親に感謝する。人は絶望の死を遂げる時、生まれて初めて親に憎悪の念を抱く。
関連記事
スポンサーサイト

comment 0 trackback 0
トラックバックURL
http://f8g2l.blog136.fc2.com/tb.php/31-5d44edb7
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。