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06.30
Fri
c759edb9.jpg2006/06/28 15:51 ところで「Smells Like Teen Spirit」の和訳おもしれ~。こんなに腐った詞だとはつゆ知らず。「Nevermind」買ってみようと思う。「公平」と「平等」は違う・・・。Mがこんなことを言っていた。辞書でぐぐってみる。



「公平」・・・かたよることなく、すべてを同等に扱う・こと(さま)。主観を交えない・こと(さま)。

「平等」・・・(1)差別なく、みなひとしなみである・こと(さま)。(2)近代民主主義の基本的政治理念の一。すべての個人が身分・性別などと無関係に等しい人格的価値を有すること。(3)〔仏〕真理の立場から見れば、事物が独立しているのではなく、同一の在り方をしていること。



このことについてサイトから転載してみる。



公平と平等の違い

日本人は、「昔から出すぎた杭は、打たれる」とか、「和を保つことが、善し」とされていました。年功序列もそうです。みな平等に、権利と報酬を受けれるのを、善しとします。悪い例えでは、仕事をしても、しなくても同じお給料がでます。仕事をたくさんする人からは、当然不満がでます。このような状態を、平等の不公平といいます。平等は、社会主義的な発想で、公平が競争社会の(資本主義)原理原則です。我々は、いつのまにか平等と公平の区別もつかなくなってしまっています。努力が報われる公平な会社が、これから強い社会と人財を形成すると思います。しかし、働けなくなった人はどうするのか?という問題もあります。そのような人もちゃんとフォローしていくのが、会社であろうと考えています。



「社会主義」・・・(1)資本主義の生み出す経済的・社会的諸矛盾を、私有財産制の廃止、生産手段および財産の共有・共同管理、計画的な生産と平等な分配によって解消し、平等で調和のとれた社会を実現しようとする思想および運動。共産主義・無政府主義・社会民主主義などを含む広い概念。

「資本主義」・・・商品経済の広範な発達を前提に、労働者を雇い入れた資本家による利潤の追求を原動力として動く経済体制。資本家が生産手段を私有し、労働力以外に売る物をもたぬ労働者の労働力を商品として買い、労賃部分を上回る価値をもつ商品を生産して利潤を得る経済。封建制に次ぎ現れた経済体制で、産業革命によって確立された。



社会主義の場合はどの人種、性別、器量、年齢を問わず、全ての人間に同等の地位、報酬を与えるということ。

資本主義の場合はどの人種、性別、器量、年齢に応じて、全ての人間にそれぞれ異なる地位、報酬を与えるということ。



俺が思うには「平等」=「調和」そのものが矛盾しているということ。犠牲はつきものです。われわれは反撃できないんですよね、健常者は別としても。ある意味での犠牲者は必要以上に神経質になることは避けたほうがいいでしょう。勝手に消えてくれますからね。事故や事件、病などでの犠牲者は必要以上に愛するべきではありません。僕が言うべき言葉ではないかも知れませんが。次の時代へ向けて「成仏」させてあげるべきです、辛いかも知れませんが。



「個性」という面では全ての人間は同等ではない、それが現状です。ましてや「個性」の異常なほどの追求で「ゆとり教育」なんて馬鹿げたものが生まれるわけでして。何だよ円周率「3」って。数学者がどんな苦労して円周率見つけたと思ってんだ。シンプルで美しいものほど内面は複雑怪奇なのですよ。そんなことしたら女を見る目が無くなるよ、元に戻せ。汚い大人達に魂まで汚されるわけにはいかないはずです。人間の基盤である”本能”まで壊すなんて人間のすることだろうか。”他”に流されることに新しい”意味”さえも見出そうとしている子供達だっている。もしこのことが解決できたとしてもまた同じサイクルが繰返されてしまうのではないだろうか。「平等」とは結果的には”現実逃避”なのではないかと不安に駆られてしまう。「公平」に不満を持つ者達の反逆を防ぐために「平等」にした結果、「理性の無い劣等感」と「理性のある優越感」との”衝突”するのだ。このことを人間界では”戦争”と言われている。





コップに注ぐ水を例えに考えます



A:公平の場合

コップの大きさに応じて注がれる水の量は変わる。

どのコップにもいっぱいまで注ぎますよという決まりの元では、小さなコップでも大きなコップでもいっぱいまで注がねばなりません。当然コップの大きさによって注がれる水の量は変わりますが、「公平」ではそれはかたよりではありません。もし、コップの大きさが違うのに水の量が同じなら「不公平」となります。



B:平等の場合

コップの大きさに関係なく、すべてのコップに決められた量の水を注ぐ。

どのコップにも1リットルの水を注ぎますよという決まりの元では、たとえどんなに大きなコップだろうと、小さなコップだろうと1リットルまでしか注いではいけません。当然コップの大きさによって水が溢れたり足りなかったりしますが、「平等」ではそれはかたよりではありません。もし、コップの大きさにあわせて水の量を変えたら「不平等」となります。
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